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世界が「感謝」の気持ちでつながるように…


by rebelkeeper
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9/7 介護体験3日目

今日は介護体験3日目でした。職員さんにも言われたのですが、会話の部分を筆頭にだいぶ慣れました。僕が話さなくても、話しかけてくれて、色々話してくれるっていうのが大きいのですが(笑)今日は、ちょっとすごい方とお話しました。愛媛県出身の方で、松山商業出身。野球をやっていたそうです。松山商業といえば、知る人ぞ知る古豪。そう、その方は、だいぶ前にはなりますが、甲子園に出場し、見事優勝なさったそうです。ポジションはサード。もちろんレギュラーだったそうです。スポーツは違いますが、同じアスリートとして、うらやましいと同時に尊敬します。甲子園優勝はすごいですよね~☆

また、ある女性の方には、戦時中のお話を聞かせていただけました。僕の祖父・祖母は話したがらないので、貴重なお話を聞けたと思います。「今考えると、昔の日本は本当におかしかった」という言葉が印象的でした。当時は、男は軍隊にいくのが当然で、断ろうものなら非国民といわれ、国の勝利が最優先でした。また恋愛は禁止にたいな風潮があったらしいのですが、人前で手なんてつなごうものなら非国民。だから、手をつないだら妊娠すると教えられたそうです。そうはいっても恋愛は気持ちの問題だからするなといっても無理。戦地へ恋人を派遣させられてしまう人は、今おもえば本当に不憫だったと言います。当時はそういう教育を受けて育ったからおかしいとは思いもしなかったけれど、敗戦を機に考え方がガラッと変わったといいます。「敗戦」という言葉も一つのキーワードで、「終戦」なんてものはないとその方はいいました。あれは「敗戦」であると。

戦時中の話は、あまりしたがらないものだし、おもいだしたくもない過去なのだと思います。でもその方は喜んで話すと言ってくれました。ぼくはお言葉に甘えようと思います。戦争を知らない僕らの世代は、そのことを伝え聞く他有りません。敗戦を教訓とし、また僕らが後世に伝えるためには、聞いておかなければならない話だと思うからです。教科書では語られることのない世界の話ですから。

さてさて、話を介護のことに戻します。今日一つ、考えさせられることに遭遇しました。一人の男性が、薬を飲むために、袋をはさみで切ろうとしていました。その方は右半身が殆ど動かないようで、かなり苦労されていました。ぼくは、僕が代わるべきか否かで迷いましたが、僕ばかりか、職員の方にも頼ろうとしない男性なので、自分でやりたいのかもしれないと思い、見守るに留まりました。結果的にはこれは正解だったようで、僕は彼の自尊心を傷つけずにすみました。しかし、この線引きは難しいようにおもいます。ただ頼みづらいだけなのか、自分でやり遂げたいのか、これは判断が難しいところです。思い切ってとりあえずやりましょうか?と声をかけてもよかったかもしれません。でもそれもイヤという人は少なからずいるものです。そこはそれこそ慣れの問題で、失敗を繰り返すことで、この人は平気この人はダメと判断していくしかないのかなと思いました。

また、免許の壁も体験しました。車椅子は押せるけれども、免許のない人間は歩きの補助はやはりできないそうです。もしもの時、責任問題になってくるからだそうです。免許がないことで、やはりやれることは自ずと制限されてきます。考えてみればごくごく当たり前のことなんですが、同時にだったらなぜ介護体験を義務化するのだろうという疑問がわいてきます。別にいやとかではなくて、介護という仕事を僕らはやっていないというのが現状です。職員の方の、本当に大変な部分というのは見てはいても体験はしていません。それを介護体験と言っていいものかどうか…そんな大それた名称のことはやっていません。介護施設訪問という方が僕の中ではしっくりきます。しかし、行かせてもらっている以上、何も学ばずに終わるなんてことはしたくないので、できることの中でやれることをしっかりやり、何かしらの学んだと思えるもの得たいと考えています。
by rebelkeeper | 2005-09-08 00:10 | 今日の出来事