世界が「感謝」の気持ちでつながるように…


by rebelkeeper
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2008年 12月 21日 ( 1 )

「疑う」ということと、「素直」ということは、言葉だけみると、正反対な印象があります。

ただ、よくその意味を吟味してみると、この2つの言葉には、実はつながりがあるんではなかろうかと思えてきました。

たとえば、僕がいつも話題に上げる石井先生の言葉。

いつも、重要な示唆を与えてくださるし、自分には足りてなかった考え方だなと思うこと多数なのですが、これについても、どこかで「疑う」ことは必要だと思うのです。

というのも、そうでなければ、もし、石井先生の考え方に従って行動したとして、失敗したとき、責任を転嫁しかねませんよね。

だから、どこかで本当にそうだろうか?と自分で判断するという姿勢は大切だと思うのです。

一方で、松下幸之助さんもおっしゃっていますが、素直であることもまた大切なわけです。

というのも、たとえば、自分が今まで気がつかなかった欠点を、他人から指摘されたとします。

それについても、本当にそうだろうかと思うこともまた一方で必要ですが、やはりそこは素直に欠点かもしれない。どんなことが考えられるだろうかと、振り返る必要があると思うのです。

うまく言葉にできないのが歯がゆいのですが、「疑う」というのは、要は、すべては「仮説」ととらえること。

「素直」というのは、「検証」することだと思うのです。

たとえば、成功者と言われる人のアドバイスというのは、今までの自分にはなかったことでいたく感動するというのは往々にしてあることです。

でも、それは、自分で体感したことがない以上、やっぱり仮説なわけです。

だから、そういう意味で「本当だろうか?」と考えて、信じるか信じないかを自分で決める。

で、信じると決めたら、素直に仮説を検証するべく実践してみる。

検証の結果、本当に騙されてただけのことや、たまたまうまくいかなかったのいずれにしても、信じると決めて行動したのは自分だから、それは自己責任。

要するに、疑うことと素直になること、どっちに傾くでもなくバランスを保つことで、人のアドバイスを最大限自分に生かすことができるのだろうし、自律した姿勢を保てるのだと思うのです。

素直が行き過ぎると、変な宗教みたいになる。

疑いすぎると、行動できなくなる。

要はバランス感覚が重要ってことですかね。

で、こうした結論もまた、さらに本当だろうか?と仮説と捉えて、検証していく。

これって、すごく前向きなスパイラルに感じるのは僕だけ?
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by rebelkeeper | 2008-12-21 22:32 | 徒然日記