世界が「感謝」の気持ちでつながるように…


by rebelkeeper
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何かがほしいと思ったら、ほしいと言う。

たぶんとか、できればとか、可能ならとか、そんな言葉は必要ない。

こんな言葉をつけてるってことは、本当には望んでいないってことだ。

言葉に魂が宿っていないのだから。

断じてほしいと、手に入れるんだと、自分でハンドルを握って必至で求めよう。
誰に遠慮をすることがあるだろう。

言い訳はもう終わりだ。

断じて、自分が望むものを、姿を、手に入れるんだ。
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by rebelkeeper | 2008-06-30 23:31 | ありがとう

6/24 The Last Lecture

自分が、最後に誰かの前で話すとしたら、あなたなら何を話しますか?

日本語で訳されることをずっと待っていた本「The Last Lecture」

邦題「最後の授業~ぼくの命があるうちに~」

余命3か月から6か月の末期がんに侵されたMITの教授ランディ・パウシュ氏が最後に伝えたい思いと、生きることへの執念と覚悟に圧倒されます。

自分を楽観主義だというパウシュ氏は、本当に病気とは思えない。実際に最後の授業を動画で見ましたが、「この講堂の中で私が一番元気だ」と言って腕立て伏せを始める。

その舞台裏にはいろいろと壮絶な物語があったようなのですが、映像を見る限りではそんなことは微塵も感じさせない。

最後の授業のテーマは

「子供のころからの夢を本当に実現するために」

バーチャルリアリティの権威という肩書からはちょっと想像がつかないテーマですが、この内容は本当に魂が震える。

彼は本の中でも動画の中でもこの言葉を強調します。

レンガの壁がそこにあるのには、理由がある。
僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。
その壁の向こうにある「何か」を
自分がどれほど真剣に望んでいるか、
証明するチャンスを与えているのだ。


そして、彼は実際に夢をかなえてきた。

夢を持つことが大切だと、一度は聞いたことがあるはずです。

でも、ここまでの覚悟をもって挑戦してきた夢が今までにいくつあっただろうか。

彼は楽観的と、下手をすれば誤解されがちな印象を与えます。しかし、夢に対して誰よりも真剣で、誠実で、殺気をも感じさせる凄味があります。

「自分らしく生きる」ということを地で行く彼を見ていると、うらやましくもあり、自分もそうありたいと心から思います。

生きることに真剣だったからこそ、600万もの人を惹きつけ、魅了できるのでしょう。
涙なしには読めない見れない。

最後に、彼の家族に対する深い愛を見せられる。最後まで僕を魅了してやみませんでした。

この図書と映像は、先生をやっているすべての方には課題図書・映像だと思います。
いや、どんな人にも読んでほしい。せめて映像だけでも。

一見の価値は、はかりしれないと思います。

読了後、この本は僕のバイブルとなりました。
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by rebelkeeper | 2008-06-24 21:57 | 徒然日記

6/22 僕なりのエール

人生の岐路にたち、勇気をもって出発する者に、かける言葉など存在しない。

その覚悟の前には僕の言葉など無力でしかない。

僕にできるのは、

その覚悟に敬意を示し
君ならできると心から信じ
それをただ見守ること

応援する気持ちを言葉にするとエゴになる。
心配を口にすると、それもまたエゴになる。
覚悟を決めた者の殺気におびえた自分を静める手段として、
応援や心配の言葉をを口にしているのに過ぎない。

見守る覚悟をもて。
勇者に敬意を示せ。

戦う君を、僕は心から尊敬する。
君ならできると思うから、僕は何も言わない。

それが僕にできる、君へのエールです。
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by rebelkeeper | 2008-06-22 12:24 | 徒然日記

6/8 種

8日昼の秋葉原。

もうニュースにもなっていますが、凄惨な通り魔事件が起きました。

犯人は僕と同世代。そして、被害にあい、亡くなった方の中にも僕と同世代の方を含む7名の方がいらっしゃったそうです。

その現場に、まさか自分が居合わせることになるとは予想だにしませんでした。

そして、この事件で、僕は自らの嫌悪するべき面を徹底的に見せられまた、それと同時に学びをえました。

※このようなときに「学び」などといっていいかはわかりませんが、今回のこの事件は自分のこれからの人生にとって転機になるに違いないと思います。その意味で、学びということばを使わせていただきます。

不謹慎かもしれませんが…
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by rebelkeeper | 2008-06-08 22:48 | 今日の出来事

6/6 ある覚悟の形②

2日連続で、今の僕にとってとても重要な示唆に出会ってしまった。
言葉の主は、僕が勉強させてもらっているカリスマセラピストの石井裕之先生。
これは、この方のブログから、引用させていただきました。

またも一瞬フリーズしてしまった。。。

まさに、今の自分に欠けていたものを指摘された気がしました。

--------------------以下、引用です-------------------------------------------------------
たとえば何か新しいものを作ることになったとして、「意見やアイディアはありませんか?」と聞くと、たいていの人は黙ってしまう。<遠慮>しているのだという。石井がワンマンでわがままだから、みんな「腫れ物に触るように」慎重になっているのだという。

ところが、いざプロトタイプなり暫定版が出来上がってくると、今度は水を得た魚のようにあれやこれや意見を言ってくる。ここはこうしたほうがいいとか、ここはヘンだからこう変えようとか。まるで自分が作ったもののようにデカイ面をしてベラベラと得意げにまくしたてる。

もちろん、意見は歓迎だ。アイディアもありがたい。でも、礎を作った人への敬意あっての上での意見やアイディアであるべきじゃないのか?

ちょっと前のあの<遠慮>とやらはどこへいってしまったのだろう? 石井は腫れ物だったんじゃなかったのか? 首を傾げること禁じえない。

孤独の中で0から1を作った人への敬意なんてものは、まったく感じられない。

ビートルズの日本公演のビデオを見て、「下手くそな演奏だなあ。俺だったらもっと上手にできる」といったバンドマンがいた。間接的にもせよ、自分がビートルズの奇跡の上に乗っかっていることに気づいていないのだ。本物のミュージシャンなら、きっと同じビートルズの下手な演奏を聴きながら、「これがあったからオレたちがいま音楽ができるんだなあ。偉大だなあ」と感謝の念に打たれるはずだ。

大企業に勤めていながら、その会社の悪口を言うやつがいる。給料もらって、会社のブランドのおかげでデカイ面ができているのにも関わらず。創業者がどれほどの思いでブランドを大切にし、愛し、立ち上げてきたかも忘れて。その血と涙の上に、自分が働かせていただいているのだということに感謝もできず。「うちの会社の製品は性能悪いから、他社製の実は使ってんですよ~」と言っているやつの言葉は、鼻息でふっ飛ぶほど薄っぺらい。

ご先祖さまにせよ、会社にせよ。最初に礎を作った人への敬意を忘れてはいけない。

そういうことも心にないくせに、言葉だけ呪文のように「感謝します」とは笑わせる。

----------------------------------------------------------------------------------------------

この指摘に、僕はうなずくことができませんでした。
納得できなかったわけじゃありません。その通りすぎて、というか、今の自分を叱責されている気がして、自分を恥ずかしく思ったからです。

既存のプラットフォームやビジネスモデルを破壊し、創造していく姿勢が今社会では求められています。僕も、そうだと思いますし、そうなれるような人材になりたいと思っています。

しかし、この「破壊」は敬意の上にこそ存在しうるのであって、敬意なき破壊は想像的破壊とは天と地ほどの差があります。

自分の人生や仕事環境を考えてもそれは同じはずです。

安かろうが、待遇が悪かろうが、給料を払ってくれているのは誰か。そして、誰の努力の上に乗っかって自分は勤めていられるのか。
自分の将来を考えることは確かに大切で、そのために離れるという選択肢があるのは当然です。ただし、それまでの環境、あるいは今の環境に不満ばかりを矢継ぎ早に並べ立てたところで何が成功だろうか。

「伝統を守る」というのは、単にその事業を継続していくことを指すのではなくて、それまでの道を創造してきた人たちに対して、心から敬意を払うことなのだと、僕は考えました。

論理の飛躍はあるかもしれません。しかし、今の自分の「心」を考えてみると、この点、明らかに欠如し、まさに薄っぺらいと大いなる反省をしたのであります。
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by rebelkeeper | 2008-06-06 23:04 | 徒然日記

6/5 ある覚悟の形

僕が社会人になってから影響を受けている人はかなりいますが、その中の一人「大前研一」さんという方がいます。

僕のようなひよっこでは足もとにも及ばない、とてもすごい方です。世界でも通用する日本人として、海外でも名高い方です。

この方の著書に「ザ・プロフェッショナル」があります。

その中の一節に、思わず本を閉じて自問自答。

以下、引用です。

「エンパワーメント(権限を与えること、または与えられること)は確かに重要です。ですが、されるだけの覚悟を持っているかどうか、この点について、いま一度自問自答してほしいのです。新しい権限を武器に、顧客が抱えている問題を解決し、ユニークな価値を提供できるのか。そのために必要な能力やスキルを学習することに貪欲かどうか。誰かの力を借りなければならないとき、それが年下だったり、あまり仲の良くない相手だったりする場合、プライドを捨てられるのかどうか。…中略…権限を求めるのはたやすいですが、これをまっとうするのは大変なのです。」

ふむ。
今の自分は………

ところで、上の問い。

いかなる分野においても問うことができる気がします。

今、会社では新人が入ってきましたが、僕は「新人なので」ということは少なくとも自分からは言ってはいけないと思っています。なぜなら、そんなことは相手にとってみれば関係ないからです。採用された以上、すでにプロ。言い訳などできるはずもないのですね。能力を磨くことなど、この観点にたてば当然といえるのかも知れません。組織に頼っているじゃ、たぶん甘いのだろうと。おそらくこれも、ひとつの覚悟の考え方ではないかと思います。

とはいえ、自分がそれを行動に移せているかといえば…まぁ、自分で言ってることなので、「新人なので」は言わなかったよ。。。でも、心のどっかで思っていたな(笑)このへんの詰めが甘いですね。
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by rebelkeeper | 2008-06-05 22:50 | 今日の出来事