世界が「感謝」の気持ちでつながるように…


by rebelkeeper
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誕生日占い

ファッション雑誌なんかを開くと、よく血液型占いとか、星座占いなんてありますね。

あとは、朝のテレビとかでも。

なんでいきなり占いかというと、僕がもう数年通っている美容院に

「誕生日大辞典」という本があって、それを、自分のカットの番まで読んでみたのです。

当たってるか当たってないかはよくわかりませんし、これがあんたの運命だし性格だって、あんまえり決めつけられるのも好きじゃないですし、大半がストックスピールなので、話半分に読んでいるのですが、そうは言っても印象的な文章というのはあるものです。

詳細はちょっと忘れてしまったのですが、2月22日生まれの人というのは、何事においても、自分に対して基準が高すぎるらしい。

う~ん…当たらずも遠からず(笑)

てか、なんていい傾向なんだろうとすら思う自分がいたりします。

もちろん、自分の基準を誰かに押し付けるようなまねは慎むべきことではありますが、僕は自分に対しては基準は高くしていたい。傍から見たら高すぎると思われても。

また一方でも、毎日できることをやるっていう100点のステップだって積み重ねていってるし。

現実を見ろって、言われなくたって自分を取り巻く現実がどんなもんかは見てる。
今の自分がどんなもんかだって、嫌ってくらいに見てる。

そういう人に限って、ただあきらめた言い訳を現実のせいにしてるだけだってこともよくある。

前にも書いたけど、明日ビルゲイツやイチローになるって言ってるわけじゃないんだから。

めざす目標や理想が、低くてどうする。
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by rebelkeeper | 2009-01-31 20:39 | 今日の出来事

100%

今日の体調と蓄積疲労を考えて、これくらいで走れば1週間トレーニングできる。

長年、ランナーをやってきたベテランの方のセリフです。

経験に裏打ちされた言葉には非の打ちどころがないし、事実そうして継続してきたからこその強さがあるのだと思う。

僕のような青二才には、とてもじゃないが真似できる芸当ではない。

僕の場合は、常にその時の100%でやってきた。

疲労してるから、これくらいに抑えないとメニューを完遂できない。

理屈ではわかるけど、一度走り出したらもう無理。

その時の100の力を出してしまう。

結果的に、タイムはどんどん悪くなる。

戦略的に走れないから、怪我なんてしてしまうんだろうけど、僕にはどうやらそれはできないらしい。

出し切って散って、出しきって散って、また出し切って散って。

そんなことの繰り返し。

思えば、もうかれこれ10数年やってきたキーパー技術の習得も、そうしてやってきた。

妥協したことがないかと言われれば、必ずしもそうではないのは否めない。

それでもやる時はいっつもこうだった。

不器用極まりなく、スマートさには欠けるけど、その時の100を出し切ることを続けた先に、結実する何かがあることを、僕は信じてやまないのだ。
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by rebelkeeper | 2009-01-30 23:59 | 徒然日記

創り出す

日々、ああでもない、こうでもない、これでいいのか?などと自問自答が続く毎日。

最近、自分の中で発見したことがあります。

世の中に「やりがいのある仕事なんてない」ってこと。

これは、決してネガティブな意味ではありません。

だってそうじゃありませんか?

仕事そのものに「やりがい」が存在しているならば、仕事にやりがいがないなんていうセリフ事態が成立しなくなります。

だったら仕事にやりがいがあるといって明るい人がいるのと、そうでない人がいるのはなんでだって思うかもしれません。

僕は、そこの決定的な違いをこうではないかと思っています。

その人が仕事にやりがいを見出しているかどうか、創り出しているかどうか。

つまりこういうことのです。

一つの仕事がここにあったとして、AさんとBさんがいる。

Aさんはやりがいがあるという。
Bさんはないという。

この時点でその仕事そのものに「やりがい」が存在しているわけではないことは明白です。

だったら何が違うのか。

自分がそこにやりがいを見出し、創り出しているかどうかの違いだと、僕は思うのです。

なにがそうさせるのかは人によって違うと思います。送ってきた人生の背景なんかも違うわけですし。

ただ、漠然と「探している」だけでは、本当に使命感をもってやりたいと思える仕事になんて出会えないと思います。

今の仕事も、やりがいがないなりに頑張って、1%でもいいから、渇いたぞうきんを絞るように、何かを見出す努力をしていれば、絶対に出会えると思う。

そして、渇いたぞうきんから1滴の水を絞りだす力があるのだから、十分に湿ったぞうきんからはいくつもの水滴を絞りだすことができるはず。


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今日、同じく総務に配属されていた同期が営業に異動になっていたことがわかりました。

うらやましいとは思いませんでした。

ただ、自分の中で何かざわつくのものがあったのは確かで、焦りが生まれたのも確かです。

それでも、あいつがそうなったんだからと、人をえさにしたり、言い訳にしたりするようなことはしたくない。

自分は自分としてどうしたいのか。自分の在りたい姿はなんなのか。

この一点なんだと言い聞かせ、自分の中に巣くう悪魔と戦う。

誰かの影に隠れたり、誰かのせいにしたりするくらいだったら、何をやったって結果なんて出せる人間にはなれない。

自分はそうじゃないと、誰よりも自分を信じて、自分には何かを成し遂げることができるんだと期待しているからこそ、まっすぐ自分と向き合いたいと思うのです。

結果として、今と違うことをやることになったとしても、今からこうして心がけてこそだと思う。

そして、今の自分があるのは、周りの支えがあってこそで、感謝を忘れてはいけないなとも、強く思います。
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by rebelkeeper | 2009-01-29 23:00 | 今日の出来事
言葉にしないと考えてることや気持ちは伝わらないこともある。

だけどそれ以上に、気持ちが本気でなければ、その言葉は吹けば飛ぶほと軽くなる。

かと言って、思ったことをそのまま言って、人を傷つける正直さは浅はかだ。

人の気持ちを本気で考えた誠実さをもてるとき、言葉には強さをも宿る。

自分はそんな男でありたい。
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by rebelkeeper | 2009-01-27 23:25

独白

なんだか今日は仕事に集中しきれない一日でした…

ただ、それも人のせいや環境のせいにしているうちは、まだまだなわけで。

どんなことも、自分のこととして考えてみることは大切で。

99%以上自分のせいじゃなくても、1%の自分の責任を見出すこと。

なんども同じこと言ってる気がするけど、ほんとに大事だと思うんだ。

なにごとにおいても。
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by rebelkeeper | 2009-01-26 23:44 | 徒然日記

ある映画をみて

読書やセミナーなどに限らず、自分の学びの場となるものというのは、本当に多くて、学ぼうと思えば何からでも大切なことというのは学べるもの。

たとえば、映画なんかもそうだと思います。

今日見てきたのは「レボリューショナリーロード」

映画の良し悪しは、ここでは控えますが、あの映画から何かを学ぶとすれば、

・感情的にものを言い合ってもいいことはない。思ってもいないことを口走ってしまう
・あんな男にはなっちゃいけない
・夢から逃げていては、いつまでたっても夢のままであり、それだけでなく、時に大切なものも同時に失う


ネタばれしてしまうので、これ以上は避けておきますが、僕はこんな感想をもちました。

映画には何かしらのメッセージ性があると僕は思っていますが、この映画のメッセージは、ほんとに観る側によってさまざまだし、最後まで「?」で終わる人もいるに違いありません。

それがいいとか悪いとかではなくて、それくらいわかりにくい。
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by rebelkeeper | 2009-01-25 22:30 | 今日の出来事

いたわる

どうやら、先日駅伝練習中にした、左足の怪我。

病院に行ったわけではないけれど、詳しい人に聞いてみると「足底筋膜炎」というけがのようです。

要は、土踏まずの筋肉を痛めたということです。

ネットで調べてみても、症状が該当するし、ランナーがなりやすいとのことなので、どうやら本格的に怪我をしたらしいのです。

運動ができなくなるほどの怪我というのは、高校2年の頃の骨折以来8年ぶり。

いくらかましにはなったものの、ちょっと弱音を吐きたくなりそうなほど痛い。。。

しかも、よりによって選手選考の当落線上か、もしくは落選上にいて休んでる場合ではないこの時期のけがということで、焦りもあるし、今までのものが一気に吹き飛んでしまうような、そんな気持ちにもなりました。

ところが、今日、こんな話を聞きました。

「自分の今のこの体は、もしかしたら、自分だけのものではないかもしれない。自分の魂みたいなものが、生まれ変わったりしているのだとしたら、この体は借りているものと言える。
だから、自分をいたわってあげること」

僕以上に練習してる人もいるし、特別僕が練習量が多いかといえば、そういうわけではないけども、体が疲れているのは事実だったし、体のケアが完ぺきだったとは言いがたい。

まだできるんじゃないかというモチベーションは向上していくためには必要だけど、それ一辺倒ではいけない。

確かにがんばった自分もいることを認めるべき。

それがいたわるということかな。

このブログもそうですが、割と内省的な要素が強い性格です。

わざとやっているところもあるし、必要なことだとも思ってます。
だけど、その反対側にある積んできたものと、積んできた自分の存在をぞんざいにしていては、
かわいそうな気がしました。

今回のこの怪我で、選手に選考されるかどうかは本当にわからなくなったし、不安や焦りがないわけじゃありません。この怪我をあきらめる理由にするのはやっぱり違うと思います。

でも、たぶん「今は休め」って体のサインなのだろうなぁ。
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by rebelkeeper | 2009-01-24 22:55 | ありがとう

不思議

世の中に、UFOとか、そういうたぐいの不思議なことや、

人間の進化の不思議や、恐竜絶滅の不思議やら、

考え出せばきりがないほど、不思議なことだらけな世の中で

人間関係や縁ほど不思議なものはないと思う。

もっと前に会っていたらとか、そういう思いがないわけではないけど

たぶん、その時でなければ会わなかったであろう出会いばかりなのだ。

すでに出会っていたとしても、その関係が、ひょんなことから太くなったりするのも

そのときに、必要だったからだと思う。

同時に、求めていたものでもあるんだと思う。

そんな人間関係の不思議を、見逃すことのないようにしていきたい。

そんなことを思った家路。
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by rebelkeeper | 2009-01-23 23:59 | 徒然日記

やればやるほど

基本的に、反復して物事に取り組んでいくというのは、向上につながるものです。

たとえば、読書。

何度も読むことによって、理解が深まったり、新しい発見があったりもする。

とても豊かな時間だと思う。

たとえば、仕事。

なんどもやっていれば、段取りだってだいたいの流れはつかめるし、同じことなら次はできて当たり前というものです。

運動だって同じことだと思うのです。

いや、思っていたというべきか。

最近取り組んでいる駅伝の練習。

去年もぎりぎりセーフで選手だった僕にとって、選手層の厚くなった今年は、まぁそれだけで危機的状況に追い込まれています。

にも関わらず、ここのところ、急激に体重が落ちたこともあってか、走れば走るほどタイムが悪くなっていきます。練習量はチームでも多い方で、距離に換算したらチームで3番目のはず。

にもかかわらず、最近差が開いてきてる。。。

あげく、しないはずの怪我までも…まぁ、これはすぐ治るとは思うんですがね。

う~ん…なんか壁を感じてしかたがない。

ただ、壁にはポジティブな意味があるという。

それを見出せってことなんだろうなぁ。

自分の奥底に眠ってる潜在パワーが、解き放たれるときを信じて取り組むしかあるまい。
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by rebelkeeper | 2009-01-22 22:50 | 今日の出来事

ゆれる

実に反省の多い一日だったと振りかえると思う。

読んでいる本に、今日の自分の過ちが指摘されていて、一瞬ムッとするあたり、それが図星であることの何よりの証拠。

こういうときを、こんなこともあるさで片づけるのは、機会損失につながる。

自分の感情の根源を探る作業は、かなりの苦痛を伴うけれども、確かな成長へとつながると確信している。
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by rebelkeeper | 2009-01-21 23:07 | 徒然日記